持続可能なまちづくりのために「地域防災」を考えよう

目標11住み続けられる街づくりを
包摂的で安全かつ強靱(レジリエント)で持続可能な都市及び人間居住を実現する
ターゲット11.5
2030年までに貧困層及び脆弱な立場にある人々の保護に焦点をあてながら、水関連災害などの災害による死者や被災者数を大幅に削減し、世界の国内総生産比で直接的経済損失を大幅に減らす。
近年、気候変動(地球温暖化)の影響を受け、災害リスクが高まりつつあります。この災害リスクは、単純に災害規模(台風や地震)が大きいと高まる訳ではありません。災害リスクには地域が持つ脆弱性が関係します。脆弱性は地域の土壌の弱さ・防災意識の欠如・防災技術はないこと・危機に対する対応能力の低さ等を言います。
つまり災害リスクとは〝災害規模 × 地域の脆弱性〟という方程式が成り立つのです。
本ツアーでは地域が持つ脆弱性について知り、また災害リスクを減らすための〝地域防災の考え〟をみんなで共有することを目指します。
地域防災とは
地域防災は、歴史・教育・環境・衛生・技術・インフラ等、多様な要素で構成されます。このような多様な防災力が、災害に強く(ロバストネス)、復興が早い(レジリエンス)、安心して暮らせる持続可能な地域を作ります。
地域で防災教育を行い、いざという時に適切に動くための避難訓練を行い、ひとりひとりの人命を守りまた経済的な被害を減らす。一人ひとりの被害を減らすことが、結果的に地域全体のダメージの軽減につながります。(防災力が脆弱な地域では立ち直れない壊滅的なダメージを負うことがあります。)
本ツアーのポイント
1.地質を知る
(一社)立山黒部ジオガイド協会所属のジオガイドがご案内します。富山の地質について、称名滝と悪城の壁の見学を通して実感します。


称名滝や悪城の壁のある弥陀ヶ原台地は、約10万年前に立山火山の大規模噴火とともに形成されました。弥陀ヶ原台地は称名川により長い年月をかけて削られ、称名滝の位置は少なくても約7㎞上流に後退してきました。弥陀ヶ原台地が削られてできたのが悪城の壁です。
弥陀ヶ原台地の周辺は侵食されやすい地質に加え、雨や雪が多いことから地質の風化を促し、しばしば落石やがけ崩れが発生します。
2.立山カルデラの歴史を知る
安政の大災害 1858(安政5)年4月9日、富山県と岐阜県の県境付近の地域で、推定マグニチュード7.3~7.6の飛越地震が発生しました。激しい地震動は常願寺川の支流、湯川谷で大規模な山体崩壊を誘発します。

大鳶山と小鳶山の山頂がもろとも崩れ落ち、4億立方メートルと推定される土砂は谷底の立山温泉を飲み込み、本流の常願寺川の流れを堰き止めました。やがて溜まった水は溢れ出し、土石流となり常願寺川扇状地の田畑や家屋を飲み込み、多くの人命を奪う大災害になったのです。
今日、湯川谷の流域を立山カルデラと呼称します。この地域で谷底に残り続ける土砂量は、最大推計として2億立方メートルにも及び、富山平野の安全を脅かし続けています。
3. 立山温泉の歴史
立山温泉は富山県東部にかつて存在した、常願寺川支流の湯川沿いに湧き出た温泉で、当時の富山県で山田温泉、小川温泉、大牧温泉とともに「越中四名湯」の一つに数えられた温泉です。
しかし安政の大災害で立山温泉は土砂くずれ等で埋没し使用不能に陥りました。さらに村は多くの働き手を失い、しばらく活動できなくなるという大被害をもたらしたのです。
明治に立山温泉は復興します。営業を再開し大正登山ブームと相まって宿泊施設の増築等、温泉の規模が拡張されましたが、昭和に(1969年頃)登山道が洪水で被災し、道路の莫大な復旧費の問題等から温泉経営を断念しました。
4.砂防技術を知る
立山カルデラ砂防博物館の展示は、富山平野を土砂災害から守る砂防工事の歴史と技術を伝えています。
砂防の役割は様々ですが、例えば 大雨と一緒に大量の土砂が流れてくる際に、一度に大量の土砂が流出するのを防ぐことにあります。また土石流が発生した際には、堰堤が大きな岩や流木を含む土砂を貯め下流への被害を軽減します。現在立山町にある白岩砂防堰堤・泥谷砂防堰堤群と富山市の本宮砂防堰堤は、常願寺川砂防施設として国の重要文化財に指定されています。


富山が継承する砂防技術は学術的に高い価値があり、防災遺産として世界遺産登録を目指しています。この立山カルデラの砂防技術は、富山市を守る頑強(ロバストネス)な防災力なのです。
このような頑強(ロバストネス)な防災力は、技術への敬意が薄れ軽んじた結果、失われることがあります。それを防ぐためにインフラ(砂防技術等)の重要性を学ぶことが重要です。